施設研究会 第20回 松濤美術館見学

2012/10/18

 

 今回は、建築界において特に小規模美術館の代表作として取り扱われる事の多い松濤美術館を見学した。また、開館当初から在籍している職員の方に案内をして頂くことで、開館した昭和56年(1981年)から現代に至るまでに得た美術館内の特徴や問題点をご説明頂いた。

■重厚な外観と開かれた内観

 建物は、外観に韓国で切り出された割肌の石を使用すると共に正面玄関は極力開口部の無い極めて閉塞的なファサードである。入口はまるで中世の闘技場のような門があり、敷居の高さを感じさせる造りとなっている。しかし一度足を踏み入れるとその印象は一変する。エントランスを抜けると天井は光天井となっており、優しい光が私たちを出迎えてくれる。チケット売り場を抜け展示を見ながら、通路そしてギャラリーと巡っていくと地下2階から空まで突き抜けた噴水を備えた吹き抜けに差し掛かる。吹抜け内にはブリッジが設置されており、その場に立つと美術館という建物の中にいるはずが、全く異なる空間の中にいるような錯覚さえ覚える。

 現代の美術館は外観をなるべくオープンなつくりとし、人が入り易いような仕掛けをもっているものが増えている中で、この時代の美術館はまだ静粛の中で作品と向き合う、緊張感の高い空間が求められた時代であったと思う。

 

■印象的な空間に隠された機能面の不完全さ

 館内の地下1階には、天井高さ7mにもなる大空間の展示室が計画されている。空調も大空間なりに検討されており、2階梁下にダクトスペースを配備することで、展示空間を快適な温湿度に保てるよう計画されている。学芸員の方曰く、開館当初天井面には幾つかのダウンライトのみが設置されていたのだが、展示する物に対しての計画が成されておらず、鑑賞に必要照度が足りてなかったとの事。その後、後付でスポットライトを取り付けることで対応しているとのこと。また天井面にはピクチャーレールが設置されているのだが、天井高さがあることから非常に使用しづらく、もはや使用していないとのことであった。非常にメンテナンスがしにくい状況にあるようだ。

 

■収蔵品の搬入に不都合なエントランスと管理性に欠ける開口部

 前述したように重厚な正面玄関には、利用者用のエントランスが一つ、その前面には車寄せのスペースが設けられている。搬入用の経路は考えておらず、全ての展示品はこの入口を通らなければならない。そのため展示品のサイズに制限が掛かるため、展示したくても出来ないものも多いという。

 また内庭に向けられた開口部には、全てシングルガラスが設けられているのだが、中庭にある噴水により内庭部分の湿度が高く、それに伴い展示室内部の湿度管理に悩まされているようだ。近々ペアガラスへ変更する方向で検討されているようだ。

 

■まとめ

 名建築と呼び名が高いこの美術館は運営上、かなり難点があることが意外であった。建築雑誌には決して語られることのない、こうした運営上の問題点はやはり足を運んで実際に使う人の話を聞く必要がある。建築やスペースは設計者の名声のためでなく、使う人のためにある。その基本を重く受け止めた。またこの美術館は、前述の搬入の問題や展示スペースの制約から、バブルの時期に隣地購入による拡張計画があったようだが、土地代の高騰でその計画は白紙になった。近年そこには高級マンションが建ち、かくして拡張の話も夢と消えた。

 美術が”アート”となって誰もが親しみをもって気軽に接するものとなったいま、今後のこの美術館の運営や形態がどう変わっていくか、引き続き見守りたいと思う。

 

作成:中丸 隆司